金がない。のに金がかかる。
という理由から、寄る辺ない気持ちになりがちな私。
でもまあ、離婚調停のときの弁護士さんしろ、日々のなかにしろ、誰かしらに助けていただいて今があるわけで、それを思うと、そもそも、離婚したからとて、1人で子育てして、1人でどうにかせねばとか、母として自立せなとか、苦労を背負い込もうとするのは傲慢なんかもしれません。
人に頼ること、助けられること、それは生きていく上で誰もがどっかで必ずしないといけないことで、
生まれた時も、大人になっても、歳をとっても、誰かに助けられて、ヒトは生きているわけで。
私が一回どころか何回も落ち込んでしまう、「ひとり親に自信なくす」この負のループのなかには、理想の母親像や世間様基準の価値観による部分、またイレギュラーな生き方がしにくい世の中の風潮もあるし、それに気を取られてしまいがちな自分がいるというのが大きい気がしています。
実際金はないです。
でも、必要以上にそれを悲劇と感じる必要もないのではないか。
いちいち面倒くさい道を選ぶ自分を面白がってもいいのではないか。
別にそれを失敗と呼ぼうが、ハズレと呼ぼうが、そんなことはどうでもよくて。きちんと、「あること」に感謝して、小さな面白さやおかしみを感じる感性を大切にしていければ、それでまあまあ幸せだったりするんではないか。
と。
だから全然焦る必要はないし、自転車はパンクするし、冷蔵庫は壊れるんだと。
そーゆー、失ったり、間違ったり、失敗したりしながら、ときどき愉快な気持ちになったり、紅葉に染まりゆく景色にアンニュイになったり、雑念を抱きながら、焦らず生きていければ、いいなぁ(=´∀`)